活動報告

つながり・ぬくもりプロジェクトの活動報告になります。

「2/22つながり・ぬくもりプロジェクト活動報告会 第一部」アップしました

2/22に行われた活動報告会、この内容をテキストでお届けします。

まず最初に事務局長の竹村から、プロジェクトの始まりから現在の活動に至るまで、また皆さんからどうご支援いただいてきたか、という話がありました。
現状では設置候補はまだ多くあり、さらに1億円以上の寄付が必要であるものの、設置については今年の9月までで終了するという決定がなされていること、今後の見通しとして、さらに次の街づくりやそのための人材育成、普及啓発などに支援の形を移していくことになるのではないかと語りました。

【第一部:住田町プロジェクト報告会】

●「太陽熱プロジェクトの取り組みついて」ぐるっ都地球温暖化地域協議会・三井元子さん

今回の震災を機に節電の呼びかけが大きくなったが、日本では家庭のエネルギー消費の3分の1が給湯に使われている現状がある。しかし太陽熱を利用することで作り出す電気量が少なくて済むということを皆さんに知ってほしい。そして復興計画の中に自然エネルギーがきちんと位置づけられるようにと、プロジェクトの中で活動を進めてきました。
初めの頃は緊急支援として、公共避難所、複数家族が集まった個人宅避難所、などに設置をすすめてきましたが、住田町さんが県産材で仮設住宅を立てるという話を聞き、今度は温水器設置が被災者の方への生活支援となると思い、プロジェクトでの寄贈設置を申し出ました。
設置が始まってから三井物産環境基金助成金を申請し、助成の決定をいただいたおかげで110戸への太陽熱温水器設置が実現したのです。
温水器メーカーさんは、住田町に合うように勉強を重ね、寒冷地仕様のものを開発してくださり、また設置作業は、陸前高田で被災された元工務店勤務の佐々木さんという方にお願いし、ささやかながら被災地の雇用創出にもなりました。

具体的に温水器設置によりどのくらい生活支援ができているのかという点ですが、仮設住宅でのガスはプロパンガスのため普通のガスよりも値段は高く、年間16万5千円位かかる計算になります。
それが、温水器を併用することで6万円くらいになり、コスト削減率は64%、CO2削減効果は63%となります。
太陽熱のエネルギー交換率は、太陽光発電に比べて4倍、エネルギーコストとパネルの設置面積は3分の1以下です。
ぜひ仮設住宅には標準仕様として太陽熱温水器が設置されるようになってほしいですね。利用が終わった後も、農業利用としてハウスの温度を上げるため、または土壌殺菌用に使う、畜産利用では糞の発酵促進など、他には介護施設や病院施設、復興住宅などでリユースしていただきたいと思っています。
現在プロジェクトの支援でも、山元町のいちご農家のハウスに太陽熱温水器を設置しております。
また、施設の転用の際には、既存の給湯器との併用利用を進めたいですね。今回被災地で大きな問題となったのはお風呂でした。自衛隊のお風呂も7月には撤退してしまい、被災者の方々は非常に困ったと言います。
普段から、大きなお風呂のある介護施設などに温水器の支援をし、経営の助けとしてもらい、災害時には被災者用のお風呂としても使えるようにする、そういった災害協定を結んでおくことを提案していきたいと思っています。
今後も太陽熱の利用ということを考えて、自然エネルギーの社会にシフトしていけるよう活動していきたいと思っております。

住田町町長 多田欣一氏

住田町町長 多田欣一氏

●住田町長・多田欣一さん「木で仮設住宅を作りました」
今回、報告会にお招きいただき、ご支援いただいた皆さんにお礼ができる機会をいただきましたので、住田町の被災地後方支援についてご報告し、お礼に変えたいと思います。本当にうちの隣の沿岸地域に大変なご支援をいただいたことに感謝申し上げたいと思います。

これがみなさんからのご支援をいただいた、住田町の木造の一戸建ての仮設住宅でございます。仮設住宅というのは災害救助法に基づいて作るもので、基本的に被災地に作る。それから建設は都道府県がやるとことになっています。また、スピードも重視され、プレハブ協会さんに依頼しプレハブの仮設住宅を建てる、というのが一般的なスタイルになっています。

それを、なぜ住田町で仮設住宅を作ったのかというと、私の家内もお袋もお祖母さんも曾祖母さんも全員陸前高田から住田町に嫁に来ているんです。陸前高田や大船渡は子どものころから遊んだ見慣れた町でもありました。
それが一瞬にして悲惨な状態になり、避難所や体育館の寒いところで暮らしている人たちを見たとき、この人たちを一刻も早く普通の生活状態にしてあげなきゃ、せっかく助かった命がダメになってしまうと思い、木造住宅をこの人たちに提供しようと思ったわけなのです。

地図を見ていただくとわかりますが、住田町は海に面してはおりません。しかし、南の陸前高田市、北の大船渡は「気仙語」という独特の言葉で繋がっている、昔から一緒の町、今も同じ生活共同体なんです。ですから、両市の被害はとても他人ごとではないんです。

なんで木造ですかって聞かれると、なんで木造ではいけないんですかっていう言い方にしかならないわけですが、日本という国は元々、稲と杉の国です。稲と杉の国ですので、家を木で建てるっていうのはごく当たり前のことなんです。

そして早くできた理由というのは、住田町には、一貫した木材生産システムがありまして、山から下りてきた木が製材所、集成材工場、プレカット工場と流れることによって、ものすごくスピーディーに作業がこなせるというような状況になっています。
実は四川の地震とかハイチの地震を見たときに、あの人たちがテントの中で暮らしているのを見て、「日本の国際援助、あるいは災害援助として、木造の仮設住宅を提供できないか。木造であれば、提供した後、最後は使わなくなったら薪や木質ペレットにもでき、産業廃棄物にならないんでないか。そういうものをうちのほうの木材でやれないか」っていうのを実は構想して、3月22日に内閣府がその構想面白いから、是非来て説明してくれ、というので言われていたんです。
3月22日に行くための準備をしていたら3月11日に足元で震災が出てしまったということですので、もともと設計書その他の7割以上は固まっていたのが、早く取り掛かれた要因だと思っています。

実は住田の仮設住宅には、太陽光蓄電式の街路灯というのがあります。
今まで何もなかった所に仮設住宅を作ったものですから、明かりがなく夜になると暗くて危険だというので、ついでに街路灯もお願いできないのかと我がままを言いましたら、快く受けて頂いて、この街路灯が角々に何カ所かに立っていて、仮設住宅に入っておられる方々からは大変喜んで頂いています。

木造仮設住宅の成果といたしまして、居住性がいいということで、ぬくもりとか癒しということ。あとはスピード感と、地元企業の活用です。うちのほうで木造の仮設住宅をやったことによって、実は岩手県だけでなくて、宮城県や福島県でも、仮設住宅は木造でもできるんだということに気が付いていただきました。
何よりも、被災地にあります資源、いわゆる木材、それから地元の大工さんによって経済が循環できたとなっています。
願わくば、せっかく木造の仮設住宅に入って喜んでいただいたんですから、それぞれ、仮設を出て自分で家を建てる時は是非、住田の木材で、住田の大工さんで、本当の住宅を建てていただきたいです。

それから、今、国のほうに働きかけて、木造の仮設住宅のキット化を目指しています。これをキット化して私の町に100棟か200棟分、ストックしておいて、何か震災とかそういうのがあった時にすぐ次の日には出してやれる、というような体制をぜひともつくりたいと思っています。同じような町が全国に10カ所か20カ所つくれば、2000棟か4000棟の木造の仮設住宅を提供できる。それが何よりも木材産地の活性化につながるのではないかなと思っていますし、終わった後でもそれを燃料としてそのまま利用することで、産業廃棄物にはならなくてすむ。そういった木造仮設住宅とそのネットワークを構築していきたいと思っています。
ちなみに、木造仮設住宅、部材をそろえて工場で生産してストックしておけば、現地に行って大工さん3人で一日3棟建てられます。

私の町そのものは被災を受けていませんので、みなさんと同じ立場で後方支援なわけですけれど、一般市民感覚からいきますと、物とかお金というよりも、被災地を忘れないでほしい。被災地はまだまだ復興していません。1年も経ちますとだんだん忘れ去られていくことになりますけれど、決して忘れないで、三陸沿岸の大きな被災地がまだ現存としてある。特に福島に至りましては未だに災害が継続中であるっていうふうに私たちは認識しております。みなさんからの息の長いご支援なり、お心遣いを常に抱いておいて頂ければ、大変有難いと思っております。ご清聴ありがとうございます。

住田町仮設住宅入居者 岩森美奈子さん

住田町仮設住宅入居者 岩森美奈子さん

◎住田町の仮設住宅ご入居者・岩森美奈子さんとぐるっ都の三井さんの対談
岩森氏:みなさまこんにちは。今日は東日本大震災つながり・ぬくもりプロジェクト報告会にお招き頂きまして誠にありがとうございます。震災の時のお話からちょっとさせて頂きたいと思います。
私はもともと浜の育ちではなく、津波に関して甘い考えがありました。地震があって避難してくださいという無線放送が1回流れただけだったので、どうしようかと思っていました。
外で男の方が騒いで、何かただことじゃないと思って外を眺めた時に、音が普通じゃない。ごおーっというすごい音がしてまして、うちから飛び出して逃げようと思った時は、もう目の前に波が来まして。

私が住んでいるところは坂だったので、もう一生懸命になって高台へ逃げて、波かぶんなくて済んだんですけれども、実家の父はうちの中にいて、逃げようと思った時には玄関が開かなかった。もう逃げられないと思って二階に行ったらあっという間に水が上がってきて、天井までいって、「もうだめだ。死ぬ」って、ね、そう思って。
でも天井を破って逃げて、今度、天井から上の屋根裏、そこのちょっと隙間あるところで呼吸をして。そこからもう逃げ場がないので、合掌造りになっているところの板張りを足で思い切り蹴り破って、それでやっと逃げた。普通だったらそんな板、割れるもんじゃないですよね。でもそれで生き延びれた。うちの家族は本当にお蔭様でみんな無事でした。
避難生活は約2か月。住田の仮設住宅に抽選で当たって5月に入れて、本当にラッキーだった。本当にくじ運がよかった。本当に幸せでしたね。

それでそこに住まわせていただきまして、本当に木のぬくもり、有難いなあとつくづく感じました。普通の仮設住宅っていうのは白い壁、なんにもないつまらない壁。でも木造仮設住宅は集成材で作っているので、本当に細かい木目が楽しいんですよ。癒されます、すごく。だいぶ気持ちも落ち着くことができました。

夏場になって、設置してもらった温水器を使わせて頂いて、お湯が60度以上あったかと思います。昨日の曇天気だと、触ってちょっとぬるいたぶん30度位。一昨日、お天気が良いと45度位。そのまま入れるみたいな。
住田町の仮設住宅の風呂桶は大きめなので、お湯を入れると半分から後はぬるくなってしまうんですけれど、でもやっぱりその半分入れたお湯をガスで追い焚きするとだいぶ違う。
前、大船渡に住んでいた時は二人家族で、今の時期のガス代が1万円前後くらいでした。ところが、今は6千円台。経済的で、すごく嬉しく思っております。

木の家っていうのは呼吸をしているんですよ。この間、一緒の仮設に住んでらっしゃる方とお茶飲みをしたら「最近、肌乾燥しなくなった」ていう話を聞いて、私は今までそんなこと気にもしないで、ふと思ったら、あ、そう言われてみればそうだな、って。冬になればもう乾燥して痒くて手がガサガサっていう感じだったんですけど、今年は手荒れ一つしません。というのはやっぱり適度な湿度が、木の家で保たれているのかなと感じております。今はコンクリートの家ばかりですが、また木の家に戻ってほしいなあとそういう気持ちでいっぱいです。

三井氏:岩森さんのご両親はいわゆるプレハブの仮設住宅にお住まいなんですよね。木造仮設住宅との違いみたいなことはありますか?

岩森氏:大船渡の仮設住宅のほうは二重窓で、窓の結露はないそうなんですが、トイレには窓がなく、ツルツル壁で結露がすごく、水が流れてきてしまいぞうきんをひいておかないといけないとか。
またプレハブの長屋になるので、二人用は四畳半二つなんですが、それがすっかり壁で区切られており使い勝手が悪い。ところが、住田の場合は、アコーディオン・カーテンで仕切ることができて、ワンフロアーとして使える。壁も木造なので棚とかも作れる。
また最初は天井がないことにすごく違和感があったのですけども、梁と梁の間に木を這わせてそこに色んなものを置くことができて、押し入れが一つしかない仮設ではすごく活用しています。
両親は震災前、夜間電力を使う電気温水器を使ってたんです。今まで光熱費が3千円くらいで済んでいたらしいんですが、光熱費が1万円くらいになったとびっくりしていました。

三井氏:住田町の仮設住宅にお住まいの他の方の感想は何か聞いていらっしゃいますか?

岩森氏:温水器がついたのは夏でしたが、やっぱり冬になると流れてくるところが凍っちゃって。それはちょっと使い勝手が悪いと。欲を言えば、お風呂だけじゃなくて、台所も使えればよかったね、という話は多かったです。
夏はみんなガスを使うことがないと喜んでました。お風呂入るのは夏場は温水器一つでオッケーでした。

三井氏:仮設住宅が出来上がったところに温水器を寄贈したのでお風呂だけになりましたが、これがもう最初から組み込まれていれば、お風呂にも台所にも配管できたと思います。どうもありがとうございました。