パートナー

新沼 暁之

にいぬま たかゆき

(所属) 太陽光発電現地設置チーム

プロフィール

1974年岩手県大船渡市生まれ。高校中退後上京し、飲食店等で働く。27歳で帰郷し、飲食店を数店舗経営しながら、趣味で行っていた刺青師を生業にする。会員数90余人の「三陸浜神輿・彫櫻曾」の運営や、カウンセラーの経験を生かした青少年育成活動等、地域で精力的に活動。2011年3月1日には、念願のクラブを大船渡市にオープンしたが、東日本大震災で店は被災。その後、つながり・ぬくもりプロジェクトに出会い太陽光パネル設置の技術を覚え、約150件の設置活動に携わる。宮城県石巻市大川小学校支援の取り組みにより、朝日新聞「ひと」欄(2011年12月22日)で紹介される。

2011年3月1日念願だった地元でのクラブ(飲食店)オープン。
順風満帆な人生を送ろうとした…

運命の3’11・・・
店も…車も…夢も…

イヤイヤ諦めてません!

何故ならば、太陽がある!
俺は震災後、日本で一番太陽と共に行動し
日本で一番ソーラーパネルを触ってきた(`ε´)

『つながりぬくもりプロジェクトとの出会い。』

震災翌日、俺は精力的に動いた。
ライフラインが全く不動だったため、家族が無事だった俺は地元の数十にも及ぶ避難所を回った。
神輿会の会員の安否を確認する為だ。
昨夜暗闇の中で避難所や病院を回り何人か確認できた。
家族を亡くした会員や家を職場を流されたものも居た。
ひたすら声をかける。『何かほしい物は無いか?』
それしか言えなかった。。
範囲を広げて不特定多数の避難者に対し物資調達、提供をした。
携帯が繋がらないから
父から衛星電話を借り、ひたすら要求に応えた。
自衛隊の無線すら使い物資を集めた。
だんだん慣れてきて、人々は与えられる事を覚えた。
避難所を回り
物資の内容も変わってきた。
不要な物を送る人も居た。
いつの間にか新品の物しか手にしなくなった。
新品が入ると箱ごと自分のブースに持って行く人も居た。
一番要望があったのは女性の下着だ。
こんな事があった。
『パンティなんて入らないよね?』
馬鹿にされながら聞かれた。。
誰もが手に入らないものだった。
2,000枚寄付した。。
洋服を洗うと言うことをもはや忘れ、衣類から食品まで何でも入る
着た物は洗わず捨てる・・・そんな人も沢山居た。
『もう、下着は二度と入りません。着替えたら洗ってください。。』
舌打ちすら聞こえた。
身銭まで切って日本の為に尽くしていたが
物資調達。。
日本を嫌いになりたくなかったから。終了

そんな時だった。
携帯が繋がった。
山形の神輿の仲間から連絡があった。
『何かほしい物ない!?』
約1ヶ月半停電の我が家
『灯りが欲しい・・・』
武内氏の近親者だった

それが『つながりぬくもり』と考えたこともなかった『エコ』との

出逢い。

◉これまでのご寄付◉

総額:98,850,287円
設置済み件数 239件
設置済みリストはこちら
(2017年2月まで)

◉支援◉

2015年度の支援内容は
こちら
(2016年4月まで)

旧ホームページを見る

東日本大震災 つながり・ぬくもりプロジェクト